BENRY[ベンリ―]

法学の予習ノート

違法性の意識の復習

映倫

 映倫管理委員会は、私的団体ではあるが、映画形式による表現の事由を映画業界関係者自らの手によって守るために作られた実質的な規制機関であり、真摯な活動を続けた結果、映画製作者に対して相当な影響力を持った団体となっている。

 そうすると、映倫管理委員会の審査を通過することは、その公開が社会的・法律的に是認されたに等しいと信じるのは相当であり、その性質は、何ら公権力に依拠しない私人の助言に従った場合ではなく、担当官庁に相談した結果に従った場合に準じて考えるべきであると考えたのではないか。

そして、当裁判所が、被告人両名の刑事上の責任を考察するにさいし、右事実中、とくに考慮すべきものと考えるのは、そもそも、映倫管理委員会の前身である映画倫理管理委員会が設立されたのは、第二次大戦後国家による検閲制度(活動写真「フィルム」検閲規則、映画法等)が廃止され、表現の自由が憲法上の保障をえたことにかんがみ、映画形式による表現の自由を映画業界関係者自らの手によつて守るために、そしてそのためには、観客の倫理的水準を低下させるような内容の映画は自主的にこれを排除して国家による検閲制度の必要性を事前に除去しようとする目的をもつて発足したものであること、爾来今日に至るまで、右映画倫理管理委員会並びにその後身である現行の映倫管理委員会においては、制度設立の趣旨、目的にそうべく真摯な努力を続け、ときに社会の厳しい批判を浴びながらも、そのつど改善し、一応、社会的な信頼をえてきたこと、そのため、検察当局においても、恐らくは本制度の趣旨、目的とその活動に十分の考慮をなしていたものか、世上いかがわしい映画が公開されることはあつても、右委員会の審査を通過した映画については、本件以前に一件も公訴の提起をなしたことがなかつたこと、以上のような諸事情にかんがみ、本件映画のような劇映画の製作者においても、該映画が映倫管理委員会の審査を受けるにさいしては、自己の抱懐する芸術観あるいは製作意図からする表現方法を若干変更してもその審査を通過させることに努力するとともに、右製作者あるいはその公開担当者は、右審査の通過をもつて、その公開が社会的、法律的に是認されたものと信ずるに至つたと認めるを相当とすることである。 

サンダル履きの運転

 裁判例(東京高判昭38.12.11)では、サンダルを履いて条例適用地域内の道路を運転していることの認識があれば故意を認めるとする。

 サンダル履きで運転するというのが、そもそも危険な行為であるということを認識していれば足りるとするものか。

殺人の計画の一貫として、生命に危険のない睡眠薬で被害者を眠らせた時点での殺人未遂罪の成否

 早すぎた結果の発生の有名判例である最判平16.3.22はクロロホルムで眠らせる行為と、その後海中に転落させる行為をひとつの行為として見るために、

①第1行為は第2行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠なものであったといえること

②第1行為に成功した場合、それ以降の殺害計画を遂行する上で障害となるような特段の事情が存しなかったと認められること

③第1行為と第2行為との間の時間的場所的近接性

を挙げている。

 クロロホルムはそれだけで死ぬ可能性がある薬物なので条件が異なるが、生命に危険のない睡眠薬で被害者を眠らせたとしても、①眠らせる行為はその後の殺害行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠であり、②眠らせれば、被害者が反抗するという障害の発生なく殺害行為を行うことができそれ以外に障害となるような特段の事情も損せず、また、睡眠薬が作用している間に海に転落させる必要が有ることから時間的場所的近接性もあるといえる。したがって、生命に危険のない睡眠薬で被害者を眠らせようとした時点で実効の着手があると考えられるから、被害者を眠らせた段階で、殺人未遂の成立を認めることができると考えられる。

 実効の着手は、結果発生の現実的危険性があった段階で生じるものだが、睡眠薬で眠らされてしまえば、あとは犯人の計画通りに殺害計画が実行され、生命身体に確実に危険が及ぶことになることから、睡眠薬で眠らせようとした時点で生命身体に対する現実的危険が生じていたといえるし、まして、実際に眠ってしまった段階においては結果発生の現実的危険性が発生していたといえる。

車上荒らし

 土蔵侵入の裁判例である名古屋高判昭25.11.14は、「土蔵の場合には、通常窃取すべき財物のみがあって人が住んでいないのが通常であるから、これに侵入しようとすれば、右の財物を摂取しようと企てていることが客観的にも看守することができる。これは、たんすの中の物をとるつもりで抽斗に手をかけて開きかけた場合や、トランクの中の物をとるつもりで、その条を破壊して開きかけた場合に窃盗の着手があったものと買いするのと全く同様であると解すべきである」として、窃盗の目的で土蔵に侵入しようとして土蔵の壁の一部を破壊したり、外扉の条を破壊してこれを開いたことは、窃盗の着手を認定している。

 また、東京地判2.11.15は、自動車から金員を窃取すべく、助手席側ドアの鍵穴にドライバーを差し込んだ時点で実効の着手を認めている。

 この点、自動車の中にカバンを置いていることに気が付き、それを盗もうとして工具を利用して運転席のガラスを破ろうとしていた場合、①ガラスを割る行為は車内の物の窃盗を確実かつ容易に行うために必要不可欠な行為であり、②車内に人がいないことから、ガラスを割ればその後の窃盗行為に障害となるような事情はなく、③ガラスを割る行為と車内の物を窃取する行為とは時間的場所的に近接しているということができる。そして、ガラスを割る行為と車内の物を持ち出す行為はひとつの実行行為としてみることができ、相当の蓋然性をもってガラスを割ることのできる工具でガラスをわろうとした時点で、窃盗の現実的危険性が発生していると考えることができるから、ガラスをわろうとした時点で逮捕されたとしても、窃盗未遂罪が成立するものと考える

毒入りワインの発送

 

 この点、大判大7.11.16(百選Ⅰ65、毒を混入した白砂糖を郵送小包で送付した場合、相手方がこれを受領したときに、殺人罪の実行の着手がある)がある。

 この判例は、「毒殺の場合には毒物を他人が飲食しうる状態に置いたときに殺人の実行の着手が認められる」という前提のもとに判示がなされたものである。

 その後の判例も、最高裁は隔地犯において到達時説をとっており、同様の枠組みで考えれば、本件においても毒入りワインが相手方に届いた時点で実行の着手を認めるべきである。

 ただし、郵便物が相当の蓋然性を持って相手方にとどく現代社会において、結果発生の現実的危険性は、発送時点で生じているとも考えられるから、未遂犯の成立を認める見解もありうる。