BENRY[ベンリ―]

法学の予習ノート

行政法の導入

林試の森公園事件

第1審(東京地判平14.8.27、藤山コート)

「行政庁にこのような公用負担を課する権限を与える理由としては、戦前から、行政庁が権力的手段を用いずに一般私人のなし得ると同様の手段をもっては行政目的を達成できない場合において、その目的を達するために国民に経済上の負担を課する特権を認めたもの」

「昭和32年決定当時の旧法の解釈上、計画対象区域に民有地を含めるか、隣接する公有地を含めるかの検討をする際には、前記のとおり、公用負担法の基本理念にかんがみ、可能な限り、民有地を利用せずに計画目的を達成し得るよう配慮するべきであり、民有地を利用するためには,隣接する公有地が他の行政目的に供されており、その目的達成には当該土地が是非必要であって代替性がない等、当該行政目的の達成の必要性が公園設置の必要性に優先すると認められることを要すると解すべきである。したがって、当該計画区域にいずれを含めるかの判断に際しては、一方の土地が民有地であることは当然に考慮すべき要素である。また、本件の目黒公園計画の前提となった調査特別委員会により設けられた公園緑地再検討基準においても、「土地の確保が比較的容易なもの」が追加決定の対象とされており、同基準においては、原則として公共用地を用いることが想定されていたと解されることは前記のとおりであるから、この点からも、計画区域に含まれる土地が公有地であるか、民有地であるかは、当然に考慮すべき要素であったというべきである。そうすると、これを考慮しなかった(被告らは、そのように主張している。)昭和32年決定は、裁量権の行使に著しい過誤欠落があったといわざるを得ない。」

→公用負担における一般原則を示した上で、判断過程審査において、考慮すべき事項を考慮していないことから、裁量の逸脱濫用が導かれた

最高裁(最判平18.9.4)

「旧都市計画法は,都市施設に関する都市計画を決定するに当たり都市施設の区域をどのように定めるべきであるかについて規定しておらず,都市施設の用地として民有地を利用することができるのは公有地を利用することによって行政目的を達成することができない場合に限られると解さなければならない理由はない。」

「都市施設の区域は,当該都市施設が適切な規模で必要な位置に配置されたものとなるような合理性をもって定められるべきものである。この場合において,民有地に代えて公有地を利用することができるときには,そのことも上記の合理性を判断する一つの考慮要素となり得ると解すべきである。」

 都市施設の区域の合理性

考察

 私人間の関係と異なり、行政と個人の間には、力関係の大きな隔たりがある(行政は権力を行使できる)。もっとも、権力は個人の集まりであり、個人こそが前国家的に存在するものであることから、個人に対する権力の行使は謙抑的であるべきである。

 従って、権力の行使について、行政の側に一定の裁量があるとしても、その裁量は比例原則や平等原則に服する。また、それと表裏の関係として、判断過程についても違法があり、重大な事実誤認や目的動機違反、他事考慮、考慮すべきことを考慮していないなどの自由があれば、裁量の逸脱があるとして違法な権力行使となる。

 公用負担における一般原則を前提に、その判断過程審査を行ったのが、地裁の意見である。

 他方で、最高裁は、地裁のような公用負担における一般原則をとらず、都市施設の区域の合理性を考慮要素とした上で、審理不尽として高裁にさしもどしている。都市施設の区域の合理性は、確かに考慮すべき要素かもしれないが、東京地裁が示した、公用負担における一般原則についても、切り捨てるべきではなかったように思われる。

 もっとも、憲法29条が1項とともに2項を規定していることからも、東京地裁が示したような公用負担の一般原則が導かれるかは微妙なところがある。

高額にすぎる売買契約の締結

私人間の契約と行政契約の差異

 私人間の契約は、その契約の影響が原則として当事者同士にとどまることから、当事者同士が納得すればどんな内容でも(公序良俗等の一般規定に反しなければ)原則として許される。これは、私的自治の前提とも整合するものである。

 他方、行政契約について、相手方と行政機関は、私人間と同様に対等の立場に立つものの、行政機関はその管轄する区域の住民の利益を代表するものであることから、その内容は無制約ではなく、適正な価格で売買契約を締結することが求められる。もっとも、画一的に値段が決まるわけではなく、その価格決定に際しては一定程度の裁量が認められる。

平成14年度改正以後の住民訴訟制度(地方自治法242条の2第1項4号)の趣旨

 

 本判決は、平成24年度の判決であり、提訴自体も改正後であることから、地方自治法242条の2第1項4号に基づく住民訴訟である。

 制度の趣旨は、地方公共団体が行使しない損害賠償等請求権を行使するよう、地方公共団体の執行機関又は職員に対して求めるもの。

 職員であれば、公共団体が請求権を行使することを躊躇しがちであるし、また、第三者の相手方であっても、公共団体が任務懈怠により請求権を行使しない場合があるために存在している。

 私法上の債権者代位権行使と似ているけれども、それとパラレルなのは改正前の4号住民訴訟である。なお、私法上の債権者代位権の行使は裁判上である必要はない。改正後の住民訴訟に相当するものは存在しない。

平成24年4月20日判決で示された請求権放棄の判断枠組み

 「条例による場合を除き、その議会が債権の放棄の議決をしただけでは放棄の効力は生ぜず、その効力が生ずるには、その長による執行行為としての放棄の意思表示を要する。」

 「地方自治法においては、普通地方公共団体がその債権の放棄をするに当たって、……手続的要件を満たしている限り、その適否の実体的判断については、住民による直接の選挙を通じて選出された議員により構成される普通地方公共団体の議決機関である議会の裁量権に基本的に委ねられている。」

 「初版の事情を総合考慮して、これを放棄することが普通地方公共団体の民主的かつ実行的な行政運営の確保を旨とする同胞の趣旨等に照らして不合理であって上記の裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たると認められるときは、その議決は違法となり、当該放棄は無効となる。…そして、当該公金の支出等の財務会計行為等の性質、内容等については、その違法事由の正確や当該職員又は当該支出を受けた者の帰責性等が考慮の対象となる」

→この枠組の大枠は妥当であるものと思われる。もっとも、裁量逸脱の判断において、違法事由の正確や当該職員又は当該支出等を受けた者の帰責性等を考慮の対象とするのが適当かは要検討。

 千葉裁判官の補足意見はもっとも。請求権の放棄が、住民訴訟制度の趣旨を没却するものと評価できる場合には、目的動機違反として、判断過程審査において裁量の逸脱濫用を肯定すべきではないか。